百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産へ

百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産へ

衆議院議員 北側一雄

 堺市内には、西暦5世紀を中心に築造された百舌鳥古墳群があります。今年7月、隣接する古市古墳群とあわせ世界文化遺産の国内推薦決定を得て、2年後のユネスコ世界文化遺産登録の実現を目指しています。

 私は、国会では、「百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産を推進する議員連盟」(超党派)の幹事長として、政府に対し要請を重ねてまいりました。また、これまで約20年間、地元地域の皆さまと一緒に、仁徳陵の清掃活動(仁徳守り隊)を行ってまいりました。この度の国内推薦の決定を、地元の皆さまと共に喜び合いたいと思います。

 百舌鳥古墳群を代表するのが「仁徳陵」です。全長486メートルの巨大前方後円墳で、中国の始皇帝陵やエジプトのクフ王ピラミッドと比肩される世界最大級の王墓です。宋書など中国の歴史書にも登場する「倭の五王」の時代です。古代日本の国家が確立されるのは、7世紀の飛鳥時代とされていますが、その以前にも強大な権力を有した王が存在したことが窺い知れます。

 日本と大陸との交流は、漢書、魏書など中国の歴史書をみても、遅くとも西暦1世紀に始まっており、とくに4世紀に入ると中国大陸や朝鮮半島から多くの人々が日本に渡来し、移住しました。いわゆる「渡来人」です。彼らは、それまで日本にはなかった物、技術や文化を日本にもたらしました。その例が「鉄」の精製と「馬」の牧畜であったといわれています。仁徳陵などの巨大古墳の建造にも、こうした渡来人のもたらした技術などが利用されたと思われます。当時の大陸との盛んな国際交流が、巨大古墳誕生の契機になったのでしょう。

 仁徳陵などの古墳は、今は堺の街の中にあります。無数の建物、道路などに囲まれて、木の生い茂った森になっています。しかし昔は全く逆で、仁徳陵などの古墳は全体に石が葺かれた巨大建造物で、その周りは田畑と森が続くという風景でした。上町台地の南端の高台に建造されましたので、大阪平野からも一望できたでしょう。とくに大阪湾に近接していますので、瀬戸内海から大阪の港に向かう海外の船からは、巨大なモニュメントとして、王の権力の大きさを感じさせたのではないでしょうか。

 仁徳陵をはじめとする百舌鳥古墳群は、歴史的にも文化的にも極めて貴重な遺産です。適切な保存と管理を行い、次の時代に残してゆかねばならないと思います。

line友だち追加

Twitter

Facebookページ


Kitagawa PRESS Kitagawa PRESS 北がわ一雄のメルマガ登録 メルマガバックナンバー 北側一雄後援会のご案内 大阪16区 区別マップ 北がわ一雄:待ち受け画面ダウンロード 携帯サイト北がわ一雄事務所 お問い合わせ・ご意見・ご感想
このページの先頭へ